Interview 私としごと

直感に素直に、心が動くものを追い求める

有限会社euphoria FACTORY
菅原 信子(編集)

トラベルカルチャー誌『TRANSIT』の妹分として期待される、日常と旅の世界観を繋ぐ女性誌『BIRD』。この旅情溢れる雑誌を、編集長と二人三脚で制作しているのが菅原信子さんだ。現在のユーフォリアファクトリーに入社したのは1年半ほど前だが、社会人になってこのかた、「編集者」という仕事をひたむきに続けてきた。祖母と並んで本や映画に親しんだ幼少期も、学園祭のパンフレットづくりに夢中になった高校生の頃も、好きなものにはいつも夢中でのめり込んでいたという菅原さん。そして、いかに良き「編集者」になるかという目標に向かって、今も自身の編集道まっしぐら。その軌跡と、仕事について伺った。

プロフィール

菅原 信子

1982年生まれ。東京都出身。学習院大学経済学部卒業後、編集プロダクション、リクルートの住宅雑誌編集、医療系出版社を経て、2012年5月にユーフォリアファクトリーへ入社し、現職。季刊誌『BIRD』の編集をメインに、ファッションブランドのカタログ制作や、人材会社ウェブサイトの編集、原稿執筆などを行う。

心からの「面白そう」に辿り着く

—自分の気持ちに真っすぐ向き合ってきた結果なんですね。では、フリーランスのときにはどんなことを?

菅原:「会社を辞めたので取材しますよ」とか触れ回って、原稿を書かせてもらっていましたが、ほぼ無職状態でした(笑)。でも、なぜかすごく晴れ晴れした気持ちだったんです。特に次のビジョンが明確になくても、なるようになるだろうと割り切っていましたし。だから、無職だからって焦ることもなく、美術館や博物館、あとはよく図書館に行って、勉強していました。

—勉強といいますと?

菅原 信子

菅原:仕事を通して自分が無知だと痛感することが多かったから、勉強する時間が必要だという想いも強くあったんです。勉強といっても好きなことばかりに偏っていますけどね(笑)。たとえば、南アフリカについて調べたらヨーロッパのことを知るようになる。岡倉天心の『茶の本』を読んだら千利休につながって日本史への理解が深まったりする。それも一冊の本を丁寧に読み込むというより、たくさんの本から必要な情報を集めてくるのが好きでした。ひとつの入り口から体系的に知識を得ていく楽しさを知ったのは、この時期ですね。分からないことがあったら調べて、その中で分からない事があったらまた調べて、という繰り返しというか。

—なんだか調べ方も雑誌的ですね。

菅原:特に意図してる訳でもないんですけどね。結局3ヵ月くらいそんな生活をしてたんですが、そのとき勉強したことは今まで全部役に立っています。そもそも私は周りからの助言に従うよりも、自分の直感をすごく信じて生きていて、賢い人間ではないんです(笑)。だからこのときも充電期間みたいな感じで、自分の今後のビジョンが見えたら動きだせばいいか、といった感じで毎日を過ごしていました。

—そんな中、現在のユーフォリアファクトリー入社へのいきさつは何だったんでしょうか?

菅原:リクルート時代にお世話になっていた方が、ユーフォリアファクトリーの社員になっていて、声を掛けてくれたんです。私自身とても旅が好きだったし、雑誌『TRANSIT』をつくっている会社だということに強く惹かれました。話を聞くと、編集だけでなく書くことが必要とされると聞いていたので、自分が積んだ訓練を昇華させるいいチャンスだとも思いましたし。何より、自分がやりたい仕事に対して嘘がないと思ったこと、直感で「面白そう!」と思えたこと。それが最大の決め手ですね。

一冊入魂 全てはこの本のためにある

—これまで菅原さんがスキルを磨いてきた上で、自分に素直に向き合ってきたからこそ出会えた仕事のように思えます。入社後はどんな業務を?

菅原:入社当時は、クライアントから依頼された記事の編集が大半でした。今は雑誌『BIRD』の編集がメインです。これはもともと『TRANSIT』のガールズ版ということで、編集長の林が一人でつくっていた雑誌なんです。それを定期刊行物にしようということで、私がアサインされました。話をいただいたときは、高校時代から憧れていた女性誌だったので、「やっと辿りついた!」と感激しましたね。今はほとんど『BIRD』にかかりきりですが、他にはカタログ制作や、他の媒体の編集もやっています。

—『TRANSIT』『BIRD』といえば旅。なにか印象に残っている取材はありますか?

菅原 信子

菅原:『TRANSIT』の取材で、スペインのバレアレス諸島に2週間行ったことがありました。島巡りをする取材で、楽しいと同時に、すごく大変で……(笑)。リクルート時代にも海外取材の経験はありましたが、『TRANSIT』では主観的な文章を書くことも求められます。それに、スケジュール的にロケハンもできないし、目に映るすべてが絵になるような状況で、カメラマンさんをどうディレクションすればいいのかも一苦労。行ってみなくちゃ分からないことも多いから、朝から晩までかけずり回ったのはいい思い出ですね(苦笑)。

—華やかな誌面の裏側には、多くの努力があるのですね。では、そんなユーフォリアファクトリーに入社してみて、特に刺激的だったことはなんでしょうか?

菅原:それは一冊の雑誌に全てを捧げる、「一冊入魂」みたいなスタンス。本当に、この会社にいる人、誰1人、手を抜かない姿勢には驚きました。1冊の本をつくるのに、執念みたいなものが会社全体にあって、ひたすら地味に地道に、調べて書いて調べて書いてをやり続ける。『TRANSIT』の編集長も全く妥協をしない人で、関わるスタッフもみんなそのスピリットを受け継いでいます。「いいものをつくりたい」という気持ちに溢れた人ばかりなので、ここにいると、いつも背筋が伸びる想いです。

—そんなのものづくりに対する熱が、多くの読者の心を動かすかも知れませんね。

菅原:そうであって欲しいですね。林も私も思いついた企画に納得しない限りは、一歩も前に進めないタイプなんです。いつも『BIRD』ってどんな雑誌だろうかと原点に立ち戻り、方向性や細かな表現方法をしつこく話し合って。立ち話でそんな話をしていて、あっという間に1時間経っていたなんてこともザラですし(笑)。連載でも、もっといい表現方法があると思えば途中でレイアウトや紙を変更したりします。編集って、同じ企画を同じようにやることはきっとない仕事。だから常に自分も成長していかなくちゃいけないし、新しいことに挑戦できる環境が、今はすごく楽しいです。

—常に刺激のある毎日を送っているんですね。では最後に、今後の目標などをお聞かせください。

菅原:とにかく今は『BIRD』のことで頭がいっぱいです。まだまだひよっこの雑誌ですから、より多くの人に読んでもらうためにどうすればいいかをずっと考えています。そして長期的な夢としては、書籍をつくってみたくて。今現在、やってみたいテーマが明確にあるわけではないけれど、きっといいタイミングでいいテーマに出会うものだろうと考えています。今までも色々と運良く出会えて来たからよかったけど、そのときそのときの、自分の心を動かすものに私は真剣で向き合っていたい。いつもそう思いますね。

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菅原 信子
『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ:エル・システマの奇跡』トリシア・タンストール著 / 原賀真紀子訳
今秋来日したミラノ「スカラ座」の公演に行ったとき、指揮者、グスターボ・ドゥダメルについて知りたくて買った本です。ドゥダメルはベネズエラのスーパースターで、エル・システマ出身。エル・システマというのはスラムの子どもたちに合唱や演奏を教え、貧困や暴力の連鎖を断ち切ろうという取組みです。この本をきっかけにエル・システマにも興味がわいて、ベネズエラについても気になり出しました。何かを深く知りたいというきっかけは、こんな風に一冊の本から始まることが多いのかもしれません。

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