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『テラスハウス』は台本がないのになぜ面白い? 生みの親が見せたいリアリティー

日本国内のみならず、今や世界中にファンが広がる番組『テラスハウス』。そして、各業界を牽引し活躍する女性の人生観に迫る『セブンルール』。その仕掛け人は、どんな思想を持っているのだろうか? お話をお伺いしたのは、イースト・エンタテインメントでプロデューサーとして活躍する松本彩夏さん。歯に衣着せぬ語り口で、怒られてばかりの学生時代とAD時代、そして今に至るまでのエピソードをお話しいただいた。

Profile

松本彩夏

株式会社イースト・エンタテインメント取締役制作部長チーフプロデューサー。1977年生まれ。東京都出身。立教女学院中学・高等学校を経て、2000年慶應義塾大学卒業、株式会社イースト・エンタテインメントに入社。プロデュース番組は『私の10のルール』(TBS)、『世界は言葉でできている』(フジテレビ)、『階段のうた』(TBS 第49回ギャラクシー賞選奨受賞)など。現在は『ボクらの時代』(フジテレビ)、『テラスハウス』(Netflix・フジテレビ)、『セブンルール』(フジテレビ系)のプロデュースを手がけている。2016年、放送ウーマン賞受賞。

コツコツやるのが苦手だった学生時代

ー松本さんは10代の頃、どんな学生生活を送っていたのですか?

松本:中高一貫の女子校に通っていたので、だいぶのびのびと過ごしていました。学校は大好きだったのですが、勉強するのが猛烈に面倒くさくて、どうやったら楽に勉強できるかを模索していました。忍耐力がなくて、コツコツやるのが苦手で、高3の夏くらいまで、効率のいい勉強法を考えることにひたすら時間を費やしていました。

ー受験はうまくいきましたか?

松本:はい。大学まである付属の学校だったのですが、素行が良くなくて、エスカレーターで大学に行くのは無理だと早々に宣告されまして、「ここより偏差値の高いところに入らないと格好がつかないな……」と思って、勉強しました。喧嘩ばかりしていた先生たちのいる職員室に行って、「合格しました」って言う日のことだけをイメージして(笑)。無事に希望大学には合格できましたが、今思うと、イヤな生徒だったなーと。大学に入ってからは、ずーっと遊んでばかりで、誇れるようなことは何ひとつしていませんでした。寝ている間に、よく留年する夢を見てはビビっていましたね。

寝坊に居眠り……。怒られてばかりのAD時代

ーテレビ業界を志したのは、どんなタイミングだったのですか?

松本:みんなと一緒で、就活が始まるときです。私は朝が弱いし、九時五時の生活も無理そうだし、ストッキングも履きたくなかった。自分にとって居心地がよさそうなのはどんな業界なのかを考えたら、自ずとテレビ業界に惹かれていきました。完全にイメージだけですが。「テレビ番組を通じて、世界を変えたい」みたいな崇高な想いもなかったですし……。

ーテレビ業界は倍率も高いと思いますが、面接ではどういう話をされたんですか?

松本:あんまり自己PRを盛大にしない、たいしたことない話で威張らない、などは意識しました。就活の面接って、自己PRとして「こんなことを頑張った」って大げさに語りがちじゃないですか? あれが本当に恥ずかしくて、嫌で。PRするようなこともなかったし。「もう、就活はやらない!」と言って、全部投げ出して家でゴロゴロしていた時期もありました。一人娘で過保護な家庭だったから、母に相当心配されましたが……。

ーそれは心配されそうですね。

松本:ある日、昼までゴロゴロしていたら、母が親戚に泣きながら電話しているのが、自分の部屋まで聞こえてきて。それで「わかったよー、やるよー」みたいに言ったのを覚えています。それからの就活は、今ここにいる面接官の方たちに一緒に働きたいと思ってもらえばいいんだと考えました。一方的に自分のことを話すだけでなく「私はこう思うんですが、○○さんはどう思われますか?」とか、こちらからも質問をして会話をするようにしたら、面接も楽しくなってきました。

ーイースト・エンタテインメントに入社されてからの仕事はどうでしたか?

松本:とにかく朝が弱くて、入社して最初の研修から寝坊していましたし、当時の私を知る人は口を揃えて「ダメなADだった」と言うと思います。先輩ならまだしも、同期の新入社員からも怒られるくらいでしたから。1年目は全然仕事に身が入らなくて、ほとんど現場でウトウトしていた記憶しかないです。居眠りしても、眠気は全然解消されないから、寝ても寝ても眠くて(笑)。

『TERRACE HOUSE OPENING NEW DOORS』©2018

『TERRACE HOUSE OPENING NEW DOORS』©2018

ーよく辞めなかったですね。

松本:社内であまりにもよく怒られていたので、会社の先輩がそれを半ば面白がって、「また怒られたの? 何怒られたか聞かせて?」といった具合によくご飯に連れ出してくれてました。だから孤立していたわけではなかったし、理不尽なことだったら辛いでしょうけど、怒られる内容は正論だったから、納得している自分もいました。年次が上がって責任の重い仕事が増えるにつれて、やる気も出てきて、眠くなることもなくなりました。

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「ちょ、待てよ!」なんて、リアルで言ってくれる男はいない。

「ちょ、待てよ!」なんて、リアルで言ってくれる男はいない。

ープロデューサーになってから考えられた番組の企画は全部通ってるんですか?

松本:全部通ってるというか、通るまで超しつこいんです、私。『テラスハウス』が始まるまでは、3年かかりました。それに、企画書をバンバン出しまくったりもしてなくて。「新しい企画」が次から次へと溢れてくるような天才肌ではないので。本気でやりたい企画は、一度落とされても温め続けてます。だから、通ってない企画もまだありますが、いつか通る予定です(笑)。

ーそれぞれの企画は、どんな風に考えられているのでしょうか?

松本:いつも、ちっちゃい違和感とか不快感、疑問から企画が生まれることが多いかもしれないです。もし、世の中に対して気に入らないことがなければ、新しいことも思いつかないかもしれない。たとえば、恋愛ドラマで言えば、物語の世界で起こるようなキラキラしたものと現実は違うじゃないですか。少なくとも、私が怒って部屋を出て行こうとしたときに、「ちょ、待てよ!」って、木村拓哉さんみたいに引き止めてくれる男はいなかったし(笑)。

—確かに。

松本:たとえば、お酒の席で出会って、飲みすぎて勢い余ってその日にキスして、そこから恋に発展するみたいな物語があるとして、「本当にそうなるぅ?」と思っちゃう自分がいて。「酔っ払ってキスしちゃったけど、まあいいか。」っていう感覚の方がリアルなんじゃないかなって。

『TERRACE HOUSE OPENING NEW DOORS』©2018

『TERRACE HOUSE OPENING NEW DOORS』©2018

ーまさに『テラスハウス』は台本がなく、住人たちのリアルが見られますよね。

松本:リアリティーのあるものが見たくて、そんな番組を作りたかったんです。『セブンルール』にしても、“インスタ映え”するような、女性のキラキラした一瞬だけじゃなく、活躍する人たちの血肉となっている日々の営みを知って欲しいという思いがあります。

プロデューサーは、番組の人格を育てる母親みたいなもの

ープロデューサーは人によって仕事の領域が変わってきそうですが、松本さんの場合はどうですか?

松本:手がける番組に人格を見立てると、その子がすくすく育ってくれるための環境を整えるという感じでしょうか。『テラスハウス』も『セブンルール』も、フォーマットを上手く整えられた番組だったかなとは思っていて。企画そのものが、わりとフォーマットになっていて、撮る人(スタッフ)と出る人(出演者)が決まれば、あとは化学反応を起こしながら自走していってくれる。だから私は、全体を見て、その子(番組)らしい方向性に導いていく係。

『7RULES』©2018

『7RULES』©2018

ーなるほど。

松本:そこに、私だけじゃなくスタッフの個性も活きてくるのが醍醐味です。『テラスハウス』は編集に演出家の個性がすごく出ているし、『セブンルール』も選曲に演出家の個性が出ている。『セブンルール』のナレーションにYogee New Wavesのボーカル・角舘健悟さんを起用したのも、演出家からの提案でした。もちろん、番組の人格に関わるところは口も手も出しますが、「このスタッフがいなかったら、この子はこう育ってなかったな」と思う部分は、多ければ多いほどいいなと思っています。手がけている番組は、どれも大事で、かわいくて仕方がない。自分で企画した番組は、それが形になって誰かに見ていただけるだけで興奮なので、制作作業は、ほぼ楽しいことしかないです。形にするために尽力してくれるスタッフはすごく大事で、「皆が恩人!」みたいな気分です。

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サガン・本谷有希子の小説

学生時代に「薄くて、なんかおしゃれそう」という理由で手に取って、唯一ループで読んでいたのがサガン。大事件は起こらないのに、心理描写だけで惹き込まれるところが大好きです。番組に出演してくださる本谷有希子さんの小説も、これでもかっていうくらい痛々しい心理描写が本当に清々しくて、あんなにかわいい顔に生まれついたのに、よくこんなひどいこと思いつくなあとか、あの人の頭の中はどうなっているんだろうとか、読むたびに本谷さんを好きになります。
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